みんなは「常識」と聞いて何を思い浮かべますか?そもそも「常識」とは一体何なのか考えたことはありますか?唐突に一体何を言い出すのかと思う人もいるかと思いますが、私自身は「常識」というものには「母集団」が隠されていると思っています。つまり、その「常識」を持っている人が一体何人いるかという事で、その「常識」は大分捉え方が変わってくるのではないかと考えています。少し難しかったでしょうか。簡単にいうと、今自分が持っている「常識」を一旦疑ってみることも大切ではないかと思うのです。どういうことかというと、例えば受検のことを考えてみましょう。高校受検には「受ける人」と「受かる人」がいます。このニュアンスの違いがわかりますか?高校を受検する人は皆「受ける人」です。しかし、その高校に実際合格して入学を認められる人が「受かる人」です。ここで考えていてほしいのは「受かる人」の「常識」は「受ける人」の「常識」ではないのではないかということです。例えば「受かる人」は毎日3時間勉強したり、その高校の過去問を擦り切れるまで反復学習したり、毎日努力するのが「常識」だとしましょう。しかし、それは同じ高校を「受ける」人にとっては「常識」ではない可能性があります。逆にいうと「受かる人」はその「常識」を持っているからこそ「受かる人」なのかもしれません。さらに、その高校に合格した人は皆その「常識」を持った人たちの集団のわけですから、その中でさらに切磋琢磨して成長していきます。
少しまどろっこしいことを書いたかもしれませんが、今みんなに考えてもらいたいことは、これまで自分が、このくらいが「常識」であったり、「普通」と考えていたものは、本当に自分が目指すもの、目標を達成するものにとっての「常識」になっているかを考えてほしいと思っています。今の自分のやっていることは、その高校に「受かる人」全員にとっての「常識」なのか。普段の学校生活で、自分がとっている行動は日々成長する人たちにとっての「常識」なのか。もう少し長いスパンで見ると、自分の人生を主人公で、当事者意識を持って楽しもう、成幸しようと考えている人間にとっての「常識」なのか。一旦自分自身で考えてみてください。それが自分の成長にとって良くない「常識」であるならば変える必要があります。むしろ自分が目指すべき人の「常識」を真似してみてください。例えば自分が憧れるスポーツ選手は毎日どのようなルーティン(常識)を持っているのか。自分がなりたいなぁと思っている職業の人たちは日々どのような努力(常識)をしているのか。まずはTTPしていくことが自分の「常識」を変化させていくことの第一歩になっていきます。ぜひ自分の「常識」を一回疑い、日々成長していけるように努力してほしいと思います。参考に!