前回の話で「人財」こそが、これからの社会では必要になってくるのではないかというお話を書かせてもらいました。ではこの「人財」とはどのようにしたらなれるのか?
この「人財」という話を私が聞いたときは、何か特別な偉業を成し遂げたり、スペシャルな技術を持っていなくてはならないのではないかと最初は考えていたのですが、最近はそうではないと思うようになってきました。学校生活での生徒を見ていても、必要とされる人(あの人がいなくちゃ・あの人のおかげで)といわれる生徒は、何も特別な才能や技術を持っているわけではないのです。目立った共通点があるわけではなく、生活していく中で友達に必要とされたり、組織でいなくてはならない存在になっているのです。では一体そういう人は、何をしているのか?そういう目でその人達を追うと、ふとある事に気づいたのです。それは「何気ないあたり前の事を、当たり前じゃないレベルで取り組んでいる」ということです。例えば、「あいさつ」一つとっても、必ず相手の目を見て、TPOにあった適切な「あいさつ」を心から取り組んでいたり、掃除一つとっても「誰も見ていなくても、腰を落として丁寧に隅から隅まで掃除していたりするのです。他にも誰と接しても態度を変えずに、常に朗らかでいる。つまり、「常日頃から自分がやるべき事であったり、与えられたことを真面目に丁寧に情熱を掛けて取り組んでいる」ということが分かってきました。そういう人は必ずと言っていいほど周りから必要とされ信頼が厚くなり、「人財」と呼べる存在になっているということが分かりました。
これは吉田松陰さんがいう「至誠を貫く」ということだと、後々勉強して知りました。つまり、普段のやるべき事を情熱を持って取り組み、目の前の事象・現象に真摯に向き合い誠実に対応していくことこそ「人財」に近づく近道であるのではないかと私は考えています。
これは改めて考えて見るとあたり前と言えば当たり前かも知れません。なぜならば、そんな普段から一生懸命取り組む人は、必ず誰かの目にとまります。そんな誰も見ていないところでさえ一生懸命取り組む人は信用されていきます。そうすればその人に仕事は与えられるし、チャンスは集まってくることになります。だからこそ、成果を上げたり功績に繋がる頻度は必然的に高まってきます。
何事も普段からの取り組みにかかっているということを改めて感じています。皆さんも普段の生活、何気ない行動、誰も見ていないところでこそ自分が試されます。そんな時に自分自身と対話して、成長していく自分を選んでいきましょう!是非参考に!