自分じゃない誰かのために

日々の生活

よく教員という仕事をしていると、毎年のように生徒に質問される内容があります。それは「数学って将来使うんですか?」「勉強なんてやって意味あるんですか?」「今やっていることは意味あるんですか?」このような類いの質問です。結論から言うと、この質問の答えは人それぞれ違うのではないかということ。言い換えると、いくつも正解があるので、あなたの正解は、あなたしかわからないのではないかと思っています。しかし、同時にそれは「働く」ことと同じような気がしています。私は「働く」ということは、「自分の時間を誰かの喜びに変えること」と考えています。だからこそ、スキルや知識を磨くことで喜ばせる人の総量は増えていく事になると思っています。そのお礼として「ありがとう」と報酬を得られるのが「働く」ということではないかと思っています。そして自分が働く頃には、周りに大切な誰かが増えてきます。自分が働くことでその人たちを喜ばせたり、守ったりすることが「働くことの意味」になってくるのではないかと思っています。私がなぜこのように考えるようになったかというと、教師という仕事で受験勉強などを頑張る学生を見てきて、「自分のために頑張りな!」とか「将来苦労しないように今頑張りな!」といって頑張れる人もいるけれど、それでは頑張りきれない人を何人も見てきたからです。人間は自分のために頑張る力もありますが、他人のために頑張る力も持っているのではないかと考えています。そして、後者の方が楽しみながらその物事に取り組みやすいのではないかと思っています。例えば、部活動でトレーニングをすることは、きつくて、退屈でめげそうになります。しかし、その先に上達した自分がプレーや演奏することによって喜んでくれる親や、応援してくれる仲間の顔を思いながらトレーニングした方が頑張りやすいのです。だからこそ、どうせ同じ事をするのであれば、楽しく頑張りやすい考え方の方が継続できるのではないでしょうか。

これからも、勉強に対して、行事に対して、今自分がやらなければならないことに「?」が浮かんでしまうこともあるかもしれません。「全力」でできなくなる日が来るかもしれません。そんなときも「自分のため」だけで頑張れないときは、是非「将来自分に取って大切な誰かのためにがんばってみよう」と考えてみてください。誰かの笑顔のために頑張ってみてくださいそうすると思いのほか「全力」がだせる時があります。是非参考に!